「気」という言葉について思ったこと
- Ryoji Kondo

- 5月17日
- 読了時間: 1分
最近、あらためて思ったのですが、 日本には「気」という言葉がとても多いということです。
たとえば、
「気がつく」
「気が利く」
「気にする」
「元気」
「病気」
など。
目には見えないけれど、 人の状態や流れを表す言葉として、 昔から自然に使われてきました。
今でいう「コンディション」や「雰囲気」に近いものかもしれません。
昔の人は、 体と心を別々ではなく、 つながったものとして感じていたのではないかと思います。
リラクゼーションの施術でも、
「今日は少し気が張っているな」
「内側にこもっている感じがあるな」
と感じることがあります。
それは単なる筋肉の疲れだけではなく、 その人全体の“流れ”のようなものかもしれません。
「気」という言葉には、 昔の人の感覚や観察が、 今も残っているように感じます。
目に見えないものを、 丁寧に感じ取ろうとしていた感覚。
それは今の時代にも、 少し必要なのかもしれません。


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