男女の役割について考えたこと
- Ryoji Kondo

- 4月14日
- 読了時間: 2分
子どもがまだ乳児だった頃のことを、ふと思い出しました。
出産をするのは女性であり、授乳もまた母親ならではの役割です。
夜中、次の授乳までの間に子どもが泣いた時、妻の代わりに私が抱っこしてあやそうとしたことがありました。
それでもなかなか泣き止まず、妻の上着を借りて抱っこしてみたこともありましたが、不思議なことにすぐに見抜かれてしまいました(笑)。
乳児にとって、母親に抱かれることには特別な安心感があるのだと、その時あらためて感じました。
女性は授乳や乳児との触れ合いによって、オキシトシンというホルモンが分泌されるとも言われています。
生物として、人と人が触れ合い、安心を育んでいく仕組みがあるのだと感じた出来事でした。
その時ばかりは、父親としての無力さを少し感じたことを覚えています。
役割は固定されるものではない
先日、学生時代に調理を学ばれていた方とお話しする機会がありました。
料理の仕事について話す中で、昔耳にした話を思い出しました。
同じ味を安定して提供する外食産業と、家庭で日々少しずつ変化する味わいを作る料理では、求められるものが少し違うのかもしれない、という話です。
いわゆる「お袋の味」と言われるものには、家庭ならではの温かさや、その日の体調や気分に合わせた微妙な変化があるのかもしれません。
34年ほど前にテレビで聞いた話題を、今になって再び思い出し、人と話す機会があったことに少し驚きました。
現代の役割について
現代では、医療や介護の現場でも男性・女性を問わず多くの方が活躍されています。
社会の仕事は、以前よりもジェンダーにとらわれない方向へ進んでいるように感じます。
一方で、家庭の中では、子育てや介護、家事など、その時その家族にとって必要な役割を、性別に関係なく担っていく現実があります。
それは「男性だから」「女性だから」と固定されるものではなく、その時々で支えられる人が支えるということなのかもしれません。
最後に感じること
仕事でも家庭でも、それぞれが持つ個性や特性、経験によって自然に担う役割はあるように思います。
性別だけで決まるものではなく、その人だからこそできること。
家族や社会の中で、そうした役割を少しずつ支え合っていくことが大切なのではないかと感じています。


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